苦しいのもそりゃ当然だろうと思ってしまうのですが、給料は入ってきて当たり前と思ってしまうと良くありません。早いうちから実は不安定なものと気付き、それ以外の上がりを少しずつ増やしておくことが大事です。
不安定×2は、不安定なまま
時折取り残されてるかような気もしますが、世の中全体で見れば今では一家に二人以上の働き手が居るのが主流です。でも幻冬舎ゴールドオンラインの「夫婦合わせて収入「月48万円」だが…日本人の「平均的な暮らしぶり」の悲惨な末路」などを見ていると思いますが、「一人では大変だけど、二人なら安心」というようにはなかなか行かないようです。
それもそのはず。給料をずっともらえるかどうかは、常に勤め先の都合や世の中の情勢や環境次第で、自分の思ったとおりにできる部分などほとんど何もないわけですから、もともとそういう不安定な存在の人数がいくら増えたところで結局基盤が不安定なのは変わりません。
それなのになぜか毎月入ってきて当たり前と思ってしまうものらしく、稼ぎ手が多ければそれを当てに予算も組んでしまっている家庭が多いようで、クビでなくても何らかの理由でどちらかが働けなくなったときにはやっぱり生活に困るようです。
あまりによく聞くケースですが、そうなってしまうのも分かります。「収入を増やさなきゃ」となったときに、まず頭に浮かぶのが「働く」なのでしょう。生身の人間以外には原資が必要なさそうなので、それを使って稼げるようになれば、他には何もせずとも何とかそのまま行けると見えてしまうのかもしれません。
人間同士だけで競争をしていればよかった時代には普通に働いてさえいれば使い続けてもらえたので、 それでも何とかなったのかもしれません。 でも今はちがいます。わざわざ高いお金を払って人間を雇わなくてもいいやという分野も増えてきたので、ずっと働いてお金を稼げることを前提に人生設計をするのが難しくなってきています。
なぜでしょうかね…。現役途中で雇用が途切れて給料がとつぜん無くなるケースは今まで無数にあるので、安定なんかしていなことくらい簡単に分かるはずなのですが、どうしても自分はそうなるわけがないと思いたいのでしょうか。
生身のじぶんたちの代わりのものの数を増やす
もっと着実に将来の何かに備えたいのであれば、少しずつ給料への依存度を下げていくしかありません。働き手は一つ歳を取るごとに給料が絶えるリスクが上がります。
まだ働けているうちに、給料の一部を必ず毎月先取りでよけておき、それがある程度の額になったところで、給料以外の稼ぎを生んでくれる資産に持ち替えるのです。
その後も働ける限りは毎月の「貯金」は続けて、新たに手にした収入源から上がる稼ぎも合わせることで、さらに給料以外の稼ぎを生んでくれる資産の数を増やしていきます。
あとはそれをずっと繰り返していくだけです。
一家の中に働き手が多ければもちろんそれには大きな強みもあって、二人でゴールを共有して上手く協力することが出来れば、もっと早く経済的な安全圏に到達することが出来ます。二人以上であるがゆえに意思統一が難しい部分もありますが、一人でやるより実現できる可能性が大きいのも確かです。
人数を上手く生かしてしっかりと種銭を作り、それを使って生身の自分たちの代わりとなってくれるものの数自体をどんどん増やしていきましょう。
それらの「代わりにかせいでくれるもの」たちは、持ち主がどのような状態にあろうがどのような事情を抱えていようがそれとは全く関係なくお金を稼いでくれます。
雇用にあまり頼らず生きられるようになると、もっと自分主導で人生を楽しめます。