死ぬまで働けと言われても、そうする機会さえ得られない。大雑把に言うと今の世の中はそんな風に見えます。そういう意味で働き続けるって本当に大変なことだとつくづく思います。
「働く」の世界だけを見て物事を考えてしまうとなかなか将来への希望が見出せなかったりしますが、他の世界に目を向ければ希望は色々とあります。でもいきなりその方向に進むのは難しいので、働けている間に並行して着実に進んでいきましょう。
働き続けたくても、続けられる環境が無い?
現代ビジネスの「早期退職で大失敗→無職に…49歳・元大手メーカー社員の大誤算」によると、ここ数年で流行りの早期退職の募集に自ら進んで応じて外に出たものの、その後の人生の見通しが甘すぎたのか上手く行かない人は多いようです。
40代・50代の人員整理がここ最近変なブームとなっている背景には、いわゆる「70歳定年法」の制定などがあるそうで、国としては「人生100年時代」と謳って働き手をなるべく長く働かせて社会保障費が膨らみ過ぎないようにしていますが、雇う側としては競争環境も厳しくなっているのに高齢者を背負わされたら組織自体が生き残れなので、先手を打って人を減らして将来の負担軽減を進めているそうです。ここでも何度か触れてきた通りの展開になっているようですが、作られて早々に意味が無くなってしまう法律というのもなんだかな…という気もします。
ターゲットとなった世代の人たちの中には強制的に応じるように言われたわけではないにもかかわらず、とはいえ年齢的にいずれは来るだろうという思いからか、関係先に転職をしたり、資格を取って独立したり、店を構えたり、あるいは当てもなくとりあえず飛び出したりした人もいて、いずれのケースもその後上手く行かなかったとありますが、一番の要因はこれにもあるとおり、勤め先から借りたものを自分の力と勘違いしてしまったことかもしれません。
割増しで得た退職金を使ってローンを全額消せたとしても、生活費はそれとは別にまたどこかで働いて稼がなければ生きてはいけないし、独立や起業に失敗すると資金が無くなり、場合によっては借金だけが残るともあるようで、そうなると再起はもっと難しくなります。
どこかに勤めている間は、「○○に勤めている人だから」という信用みたいなものがあるからこそ仕事が入りますが、それがなくなると完全に自分の力で取りに行かないとなりません。外に出る前に少し考えれば分かりそうなものですが、どこかに長く勤め過ぎてしまうとだんだん勘違いをしてしまうようです。
仮に勘違いでなかったとしても、この「それまで積んできた頑張りを他で再利用しにくい」というのも労働の大きな難点の1つです。転職するにしても自分で起業するにしても、今までと同じやり方が全然通用しないのでまた一から覚えないといけないといったことも良くあります。それにもし身につけたものを再利用できる機会が与えられたとしても、自分自身が物理的にそれを使って動き回らないとお金が稼げません。
どこかに属すにしても、自分で独立するにしても、ずっと同じ苦労を繰り返し続けなければならないし、歳を取れば取るほどキツくなる・仕事が取りにくくなるのも基本的には同じです。「働く」世界だけにとらわれていると、生きていくのは大変です。
弱くなった「働く」を同じ「働く」でカバーするのは難しい
でも自分がお金のために働くだけでなく、代わりにお金を稼いでくれるものを持つ=お金にも助けてもらえる体制を作っておくと、いざという時に安心です。普通、持って使うことでお金を生んでくれるものは、持ち主の状態や置かれている状況とは連動していないからです。
病気でしばらく動けなかったとしても、職に就いていようがなかろうが、それとは関係なくたとえば、入居者が住んでいる、順調に収益を上げている、紹介した先で成約した等、事前に決められた条件が満たされている限りはお金が入るので、手堅いものを持っていれば、生身の人間よりも頼りになります。
まじめに働いていたとしても40・50代で出されてしまうのが普通になってきたとはいえ、それをまた同じ「働く」でカバーしようとするのはなかなか難しいことです。
それならば、まったく別の世界にも目を向けて、まだ働けているうちに毎月一定額を必ず先取りで貯金して、それが一定額になったところで何かお金を生んでくれるものに持ち替えて、上がってくる収入を合わせてそのお金を生んでくれるものの数を増やしていくほうが、もっと効果的です。
年齢の関係ない世界に進んで行けば、「クビ/仕事が無い=生活できない」の心配はしなくて済みます。