男性と女性の権利は平等であるべきです。でも得るものが同じであれば、義務や責任も平等であるべきです。負担が片方だけに偏ると、関係の維持は難しくなります…。
男のくせに、女のくせに、は許されない
たまたま目にしたCanCamの「10人に1人が離婚を考えてます。リアルすぎる夫の年収に対する不満」によると、20~40代の既婚女性の中で実に4割以上も居るんだとか…。
いまどきこんな調査内容自体もですがタイトルつけて、何だか少し時流に反している印象がありますね。たとえばですが、もしこれと同じように「リアルすぎる妻の家事力に対する不満」あるいは「女子力に対する不満」とかと題した調査が行われたりでもすれば、必ず批判が集まるはずです。
こういうタイトルが付くものが今でも普通に出回っているところを見ると、もしかしたら平等の権利がタダと勘違いをしている人も多いということなのかと思ったりもします。
欲しいものは欲しいけど対価は支払いたくないという気持ちは分からなくはありません。でもそんな都合のいい話が通るわけありません。
もし夫の稼ぎに不満があるならば自分がもっと頑張って外で稼ぎ、代わりにそのぶん相手にも中で家事等を頑張ってこなしてもらうことで、お互いの義務負担のバランスが取れるはすです。
家計負担と家事負担が10ずつあるとして、どちらかが6・4をこなしてもう一方が4・6を負担する、あるいはお互いに5・5ずつ背負う、など合計値が10ずつでバランスさえ取れていれば割合はどんな形でもいいのかもしれません。
そう言いながらも実は昔ながらのお互い分業状態で10・0と0・10ずつという組み合わせでやっているのですが、一応お互い負担合計は10ずつということで不満は出ていません。「 家のことは任せて、その代わり後になって働けと言われても困る 」ということで、押し付けた合った役割というわけではなく、それぞれが得意であり希望する役割をこなしている+お互い感謝し合うことで成り立っているので、アンバランスではないつもりです。
意識を変えなければならないのは男性も女性も同じ
イメージの押し付けが許されないのは誰に対しても同じです。
女性に対して「家庭的であるべき」あるいは「女性らしくおとなしくあるべき」みたいな古いステレオタイプイメージの押し付けが許されないのと同じように、男性に対しても「外で稼いで一家を背負うべき」といったイメージを押し付けることも許されません。
誰かが指摘していましたが、憲法24条にも夫婦間はお互いに同じ権利を持ち、お互いの協力でその関係が維持されるものとあります。つまり背負う義務の重さも同じと解釈できます。どちらか一方にだけに何かを重く背負わせて良いとは書かれていません。
それだと都合が悪いというのも分からなくはありません。自分でやれる機会が増えるということは、基本的には同時に守られる権利を手放して自分も背負わなければならないということですから、何だかそれが怖く感じられるところもあるのかもしれません。でも権利と義務は表裏一体なので、これは仕方ありません。
怖いかもしれないけど、こなしていけばいつかは慣れます。それに、義務を背負い合うことで、お互いの権利も今よりもっと守られる(正当性を主張できる)ようになるはずです。他の国でも時間を掛けて最終的にそうなっています。
五輪組織委員会の前会長の発言全文を読んだところ、礼賛も含まれているようには見え、会見でも「むしろ発言を勧めた」とあるのですが、これがダメとされるのであれば、同じように不用意によく使われる「男のくせに」的な発言についても、どのような意図があったとしてもその都度しっかりと厳しく罰していかないといけません。そうでもしないと意識はなかなか変わりません。
何事もバランスでできているので、意識の改革が必要なのは男性の側も女性の側も同じです。もっといえばジェンダーに関わらず各個人が、でしょうか。