給料は安定した稼ぎのように見えて実は不安定で、景気や社会情勢や雇う側の都合次第でいつでも簡単に断たれてしまいます。それに対し、エッセンシャルワーカーが住んでいる不動産、実需の堅い事業をやっている企業の株式、あるいはそういった事業が生み出すモノやサービスを紹介するwebメディアなどから上がる稼ぎのほうが、もっと安定していて頼れます。
給料は安定した稼ぎではない
一昨年くらいから見られた動きではありますが、共同通信の「三菱UFJ、新卒年収1千万円も 専門人材の確保のため 」などをみると、大手の中での少し出遅れていたところも高度技術を持った人材の確保を急いでいるようなのですが、あまり受けは良くありません。
「とりあえず1,000万円」であれば現行の新卒時全員一律で年収300万円前後よりはだいぶ良くなった印象ですが、それでも外資と比較すると少なすぎるのでおそらく何も変わらないと見る人が多いようです。
あまり受けが良くなかったもうひとつの大きな理由は、たとえ給料を多めにもらえてもそれがずっとは続かないことがもう見えているからのようです。40代に入っていきなり捨てられることはなくても、まずは他に移されて…と徐々に待遇を削られて最終的に出されてしまうパターンは、銀行だけでなくどの業種に関してもそうなるという認識もだいぶ浸透してきたようです。
そう、たとえ高給で迎えられても使えないと思われればいつでも出されてしまいます。一部の人が言うように外資ならもっともらえるかもしれませんが、その分コスパはもっと厳しく見られます。厳しいのは単なるウワサではなく本当にシビアで、出されるのも突然です。
いまは国籍に関係なく全体的に必要な時に必要な分だけ雇うという形に変わってきているので、どこに勤めるにしても「雇われて働く」で安定的に大きく稼ぐのは難しくなってきているように見えます。
安定しないのも分かっているし、雇われの身では当然自分の思い通りには色々進められないのも分かっているので、雇われてそれだけもらえる力が人であれば、たしかに最初から自分で何かビジネスを始めるでしょう。
お金のために働くだけでなく、お金にも働いて助けてもらおう
でも何にしても、働いてお金を稼ぐというのであれば、「安定」や大きな稼ぎを得るのは難しいし、もしやれるとしてもずっと大変なようです。雇われるにしても自分でやるにしても、じぶんが物理的に動き回らなければ稼げないし大変なのは同じです。
多くもらえればもらえるほど時間も取られるので、他のことに手が回らなくなります。するとそれへの依存度が高まるので、何かがあった時に困ります。
そういう意味では、働くはほどほどにしておいて、なるべくじぶんの代わりに稼いでくれるものを多く持つことに注力したほうがもっと効率的で時間に余裕を持つこともできます。
冒頭で触れた「必要とされる」不動産や株式やwebメディアなどは、それらから上がる稼ぎは大体事前にきまっているとおりの額/料率しかないので、それ以上に大きくもうけるといったことはまず望めません。景気の動向とはあまり関係なく需要が安定しているからこそそうなってしまうので当たり前です。ですがその代わり、こういう事態の時にこそ強さを発揮してくれます。
世の中全体が苦しい時でも安定的に稼いでくれるので、安心が得られます。それに労働とはちがって自身が直接動き回る必要が無いので(ものによっては望んでも直接関われない)、時間を何か全く別のことに多く使うことが出来ます。毎年1,000万円でよければ、じぶんの代わりのもので安定的に稼いでいくのは難しくありません。
疲弊しすぎないためにも、じぶんがお金のために働くだけでなく、お金にも助けてもらう=お金にもじぶんのために働いてもらう、を進めていきましょう。