「働く」がいま以上に厳しくなることに薄々感づいている人も多いとは思うのです。でも何とかしようとしても、「働く」以外のことをしたことが無ければ、対応策として思いつくのは「もっと働く」系のアイデアばかり。
弱った「働く」を「働く」でカバーするのは非効率なので、苦しさから抜け出したければ、他の道にも目を向ける必要があります。
「働く」を増やすのが解決策??
SPA!の「「共働き」「兼業」しないと食えない? 10年後の日本がシビアすぎた」によると、雇用環境は年々厳しくなっているため、いまどき少なくとも共働きくらいはしておかないと家族は食べていけなくなるとあります。
環境が大きく変わってしまった理由はいくつかあり、まずひとつめはここでも何度か同じように触れてきたことではありますが、AIなど技術の進歩により、いままで頭脳労働とか呼ばれてきたものほど機械に簡単に置き換えられていて、ITによる雇用の不安定化は今後も進みつづけるとあります。
二つめはそうした流れが進む結果、お抱えのスタッフの数が少なくても回る=必要な時だけ、必要な人数だけ雇うようになってきたので、もしも運良く常時お抱えの人員としてどこかに勤め続けることができたとしても、ただ長く居続けているからといって自動的な昇給は得られなくなったという点です。
いままでは歳を取るごとに給料は上がるものと想定してライフプランが組まれていたり、一人の働き手が一家を扶養できるものとされていましたが、もうそれは期待できません。
わざわざ高いお金を払って生身の人間を雇う必要が無くなってきているので、一昔前までのように「一生懸命お勉強しました!」だけではあまり稼げなくなってきています。
減った分は誰か別の人が稼いで補うしかないので、そういう意味では「一家の働く手を増やす」は正解のようにも見えます。ですがそれでも一つ大きな問題が残ってしまいます。
働き手が勤め先に居続けられるか、あるいはずっと仕事をもらえるかは、雇う側の事情や環境次第です。一人より二人のほうが、稼げる合計額だけを見比べれば、減った分を補うどころか一人の元々の稼ぎより多くなることもありますが、それぞれがクビになるリスク自体は変わりません。
二人で働くのが当たり前になれば、それを当てにお金も出てしまうもの。そうした状況では、どちらかがクビになればお金が足りなくなるので、働き手が一人しかいない家庭よりは時間の猶予がすこしだけありますが、最後は結局生活が成り立たなくのは同じです。
働き手が二人であろうが、子どもも合わせて三人になろうが同じことです。多ければリスク軽減になるように見えても、今回の事態のように環境が厳しくなれば運悪く全員仕事が無い状態にもなり得ます。
労働以外のルートも探る
先程の記事にも「 働いて収入を得る営みは、いつの時代も変わらない」とあるとおり、労働はほとんどの人にとって収入を得るためのメインの手段として残り続けるでしょう。でも生活に追われて苦しい状態から抜け出すには、そこから一歩先へ行かないとなりません。
難しくはありません。まずは給料の一部を毎月先取りでよけておくのです。何年かしてそれがある程度の額まで貯まったところで何かお金を稼いでくれるものに持ち替えます。その後も毎月の「貯金」を続けて、新たに上がってくる収入を合わせれば、さらにお金を稼いでくれるものを増やせます。
それを繰り返していけば、いつかは労働からの収入にあまり頼らなくても生きていけるようになります。労働への依存度が下がるということは、だれかの言うことを聞かなくても生きていける・外からの影響に左右されずに生きられる影響され状態に近づくということですから、ストレスフリーの人生を送るためにも重要なことです。
先細る道だけに目を向け進み続けるのではなく、他にもルートが無いかを常に探っておきましょう。