努力しても報われない社会と思っている人が年々増えているんだとか。一生懸命働いてもなかなか給料が上がらず使い捨てにされる人がいるのを見るとそうも感じるでしょう。
今の世の中の流れを見ていると、普通に働くだけで経済的にある程度幸せに生きるのはもう難しいかもしれません。そこそこ余裕を持っていきたければ、働く以外の稼ぎもあったほうが良さそうです。
皆がそこそこ食えるを選んだ結果なので、構造的に仕方がないものらしく
withnewsの「何のために働くの? 世論調査でわかった「モーレツ社員」が減った原因 じわじわ増える「生活のため」」によると、数十年前の高度成長期には仕事は生きがいと考える人が働く人たちの約半数を占めていたものの、今では「何のために働くのか?」という問いに対して、「生活のため」と答える人が7割近くと大多数を占め、一生懸命働いたところで報われないと考える人も5~6割いるようです。
数十年前は難しいことを考えずともまだ全体的に大きな伸びしろがあったので、働けばその分見返りを得られたでしょうから頑張れる気になれたのかもしれません。でも今はちがいます。部分的に伸びているところもありますが、全体的に見れば成長は鈍っているので、普通に働く大変さはそれほど変わらなくても分け前はなかなか増えません。
一度ある程度まで成長してしまったらもう給料は増えないものなのかというとそんなことは無く、他の国では少しずつでも成長を続けています。なかなかそうなれない理由は、聞くところによるとこの国の場合は沈みかかっているものを生かし続けるために掛かっているコストがあまりに大きくて成長の足かせになってしまっているので、それを止めれば同じような成長が見込めるのだとか。
でもそうすると変化について行けず食べていけなくなる人も増えてしまいます。低成長はそうならないことを「選んだ」結果なので、働く人の給料がなかなか増えないのは仕方が無く、何とかそこそこ食べていけているだけでもありがたいと思うしかないそうです。
一生給料が上がらないままというのも普通になるかも
以前ここでも一生を通して年収300万円台の人も割と多いらしいと触れたかと思いますが、普通に働いているだけではそれが当たり前のものとなっていきそうです。300万円台でも長く雇い続けてもらえるならまだマシなのかもしれません。高給を得ていた人たちは、一昨年くらいからコロナ禍とは全く関係なく大量に整理されたりしていました。同じような高給をくれるところはなかなか見つからず、しかもコロナ禍の影響が重なって、今もそのままという人も多く居ます。
見たところ、一昨年の同じころに「もう一生雇い続けることを保証できない」「当たり前のように毎年給料アップを約束はできない」とアナウンスされていた通りに進みつつあります。
働くだけで普通に幸せに生きていくのはかなり難しいと見ていいかもしれません。
こうした流れに抗うのは無理に近いので、何の希望も無いようにも見えてしまうかもしれませんが、「働く」以外に目を向ければいくらでも希望はあります。
働くことに希望を見いだせないのであれば、「働く」を現状維持と自分の領域を広げるための足掛かりに使えばよいだけです。
自分が働けるうちに、給料の一部を毎月必ず先取りで貯め続け、自分のために代わりにお金を稼いでくれるものを買うための種銭つくりに回します。
ある程度の額まで貯まったところでそれを不動産や株式など、定期的に家賃や配当などのお金を稼いでくれるものに持ち替えます。その後も毎月の貯金を続けて買った資産からの稼ぎも再投資に回して、そうしたものを増やしていくことで、全体的な収入を増やしていくことができます。
それらからの上がる稼ぎは、雇用や健康状態など持ち主の事情とは無関係です。クビになっていようが病気になっていようが、軌道に乗っているものはお金を稼ぎます。
この方法であれば、「働く」からの稼ぎが一生変わらなくて・少ないままでも全体的な稼ぎは大きいので何ら問題はありません。まずは「働く」が最上無二のものという変な思い込みというか洗脳みたいなものから抜け出すことから始めていきましょう。