庭先で昨年8月に、午後2~3時の日差しを避けるつもりで寄り集まっていたアリたちが熱にやられたのか、この格好で全て焼け死んでいました。皆で集まれば安心と思ってたのかは分かりませんが、地上のコケの中を歩いていたハグレ者だけが生き残っていました。
勤め先などで「一人」は何となくさみしそうなイメージを持たれていたりしますが、無理に集団に合わせない生き方をすると、人と合わせるためだけの無駄なコストも掛からず、変な気苦労もせずに済むので実はなかなか快適で、経済的にも余裕を持つことができます。
人だかりを避ければ健康リスク支払いも少なくて済む
用が無ければなるべく外に出るなと言われているにもかかわらず、それでもわざわざ人が集まるところに出かけてしまう人は多いようです。人だかりを見ないと不安になるということなのかもしれません。時々映し出される繁華街の変わらぬ人だかりの様子などをよく見ると、買い物はしておらず、ただ人が集まるところを歩いているだけで、街頭インタビューなどでも、一人で居ると気が滅入るから出てきたと答える人も多いのでそういうことなのでしょう。
でも安心が得られるようで、得られるのは実は病気だけという気もします…。人が密集しているところに近づけば、じぶんも感染してしまうリスクは上がるようですし、じぶんが保菌者であったならば他の人に移してしまうかもしれません。
巣ごもりしたままでは行き詰るからときどき外に出てリフレッシュしたくなるというのであれば分かります。でもそうしたいのであれば、近くで人が少ないところに出る・昼間を避ける形でも済ませられます。 特に今の時期は、なるべく「一人」でいるほうが皆にとって安全でより安心といえます。
サービス業に従事している人たちにとっては外出や人との接触が制限されている今の状態は決して良くはないのですが、普段から大人数の人だかりが苦手な者としては、これくらいのほうがむしろ少し快適です。
見てくれ費が少なくて済む
国単位で見れば、今回のような事態はマイナスにしかなりませんが、家計の単位で見ればいい方向に作用する面もあります。
昨年3月あたりにリモートが推奨されて以来、それを実行できている人たちの中には、出費が少なくて済むようになった人もいるはずです。出社回数が減れば、見掛けに掛かるコストは減ります。
もとから人目はそれほど気にしない性質なのでそんなに掛けてはいませんでしたが、人前に出る機会が減ったためさらに少なくて済むようになりました。外出に伴う他の出費も減って、最終的な手残りも前より少し増えたので、その分多く投資に回せそうです。
今までみんなと合わせれば安心と思って同じものを食べ、同じように大きな借金をして似たようなところに住み、似たようなものを着ていた人たちも、今回の事態を機会に「周りと合わせる」をやめると、何か他のことにお金を回せるようになります。
できればそれを単なる消費には回さず、人と合わせずに生きられる環境づくり=投資に回して、じぶんの代わりにお金を稼いでくれるものを積み上げていくと、いつかは無理に他人に合わせるといった苦労をせずに済み、じぶんらしく生きることもできるようになります。
堅い基盤を持てば「一人」が怖くなくなる
お金や時間や労力を使い無理をして人と合わせれば生きられる保証でもあればよいですが、そんな保証は誰もくれません。頼りにしたところで勤め先自体が無くなってしまうこともあります。
人が多く集まる勤め先とは全く別のじぶんだけの堅い基盤を持っていると、人と集まれないストレスや「一人」で居ることへの不安はほとんど感じずに済みます。実際に普通に他の人とやり取りができれば「一人」でも十分に生きられるし、逆に集団の中に居ることによるリスクを避けることもできるからです。
みんなと同じものに染まれば安心というのは錯覚です。
自分で考えて、自分の代わりに稼いでくれるものを少しずつ積み上げていき、皆で木に摑まって焼け死んだアリたちのようにならないようにしましょう。