趣味&エンタメ

commander.Gのゲーム業界史講座 ~前編~

前回はソニーのプレイステーション5のリリース発表が日本のユーザーにあまりフレンドリーなものには感じられなかったことについて触れました。これは、今回の新しいマシンのリリースとともに発売される作品タイトルのラインナップを見ても明らかです。

ただ、これはゲーム開発に携わる人にとっては、それほど驚くべきことではありませんでした。しかし、多くの一般ユーザーにとっては、少しショックだったかもしれません。何といっても、ソニーは日本の会社です。

そこで、今回見ていきたいのは、「私たちの業界がこれまでどのように歩んできたか?」という部分についてです。

もともと、日本はテレビゲームの類を開発していませんでしたが、開発を始めてからは、それを広く普及させて、今やカルチャーの主流のひとつと言える域にまで押し上げていきました。

ゲーム会で最も身近で広く愛されているキャラクターやフランチャイズの多くは、ここ日本で誕生しました。

それでは、なぜ私たちの多くが共に育ってきたそれらのキャラクターやフランチャイズのほとんどが、懐かしいタイトル的な扱いを受け、今回2020年のソニー最新のゲーム機のリリースと一緒に出てこなかったのでしょうか?

その答えは複雑で、技術と文化の両面における理由を含んでいそうです。

テレビゲームハードウェアの歴史を振り返ると、日本の開発者は独自のハードウェアやソフトウェアを扱うといったことに、とても優れていたことが分かります。

ファミコン、スーパーファミコン、メガドライブ、セガサターン、プレイステーション、プレイステーション2など、 これらのプラットフォームは、実に多くの家庭に普及し、多くの作品は時代を超えて認められるべき名作というべき存在でした。

これらを生み出すにあたっては、開発者は各プラットフォームの技術的な制限を克服する必要があり、技術が進歩するにつれて、独自のグラフィックス・エンジン、物理的・照明システムなどを開発し続けなければなりませんでした。結果的にそれが、非常に高品質のゲームを生み出し続けてきたと同時に、開発者は常に膨大な時間とお金を注ぎ込む必要に迫られていました。

しかし、日本でヒットしたゲームの大半(すべてではなけれど、かなり多く)が海外で人気があり、国内市場で得られたものよりもはるかに多くの売上を海外市場で上げていたため、ゲーム業界は資金も豊富で、あまり問題ではなかったのです。

マリオからソニック、ファイナルファイトからストリートファイターへ、メタルギアソリッドからグランツーリスモまで、多くのファンたちが太平洋の両側で同じ日本のゲームを楽しんでいました(こうしてタイトル名を打っていいるだけでも、とても懐かしい気分です!)

そして…変化の時が訪れます。

これは、かなり短い間に3連続でやってきた業界トレンドによるものです。

まず、2005年にマイクロソフトのXbox 360がリリースされ、2006年にはソニーのプレイステーション3がリリースされ、世界における日本のテレビゲーム市場の支配の基盤を揺るがす最初の大きな技術的変化- (i)高精細グラフィックスと (ii)他社のグラフィックエンジン、ライブラリ、ミドルウェアの使用の増加、が起きました。

日本ではHDテレビの普及が海外市場と比べて遅れてしまったのですが、これらの新しいゲーム機では、HDでゲームを作らなければなりませんでした。高解像度のグラフィックスの制作は、それまでよりはるかに高い開発コストが掛かるため、ゲーム開発者は、ほぼ必ず売れると保証されているタイトルだけに集中し、リスクを回避する必要があったのです。

初代のプレイステーションには一風変わったものや実験的なタイトルがどれだけたくさんあったかを覚えていますか? そして、プレイステーション3が出てきた頃には、それらがどれくらい消えてしまったかを思い出してください。これでお分かりでしょう。

海外の開発者は、この点に関しては優位に立っていました。PCは90年代半ばから人気のあるゲームプラットフォームであり、すでに高解像度でゲームを作成し、他社のツールやソフトウェアを使いこなすという経験を長い間ずっと積み重ねていました。このノウハウは、プレイステーション3やXbox用のHD化が、起こるべくして起きたステップであることを意味しました。

しかし、多くの日本の開発者にとって、これらのスキルとソフトウェアはゼロから学ばなければなりませんでした。当時それらに触れた経験を持つ開発者の不足は深刻で、各スタジオやエンジニアは、新たな業界のスタンダードに追いつくために急ぐ必要に迫られていました。

ファイナルファンタジーは、その例のひとつと言えます。初代のプレイステーションでファイナルファンタジー7が国際的な人気のフランチャイズとなり、さらにプレイステーション2でも複数のゲームをリリースし続けたにもかかわらず、プレイステーション3が発売されたときには、ゲーム機自体のリリースから3年間もの空白期間を置き、ようやくプレステ3では初となるメジャーなファイナルファンタジータイトル「ファイナルファンタジー13」が2009年12月に店頭に並びました。実に3年間も掛かったのです!

しかし、日本の開発者からは、あえて昔ながらの技術やソフトウェアを駆使するという、もうひとつ全く別の方法も進められてました。 – ただそれは国内市場では彼らに利益をもたらしてくれましたが、最終的には海外市場シェアをさらに失うことにつながったのです…

⇒次回に続きます

G.

===

(commander.Gの原文はこちら)

A Short History of Modern Videogames. Part 1.

Last column, I noted how the announcement of Sony’s Playstation 5 didn’t feel like it was catering to Japanese users. This was especially obvious from the initial launch lineup of games.

To those who follow developments in the videogame industry, this probably came as no surprise. But to more casual users it may have been a bit of a shock. Sony is a Japanese company, after all.

So the question I’d like to look at this column is how did we get here? Japan didn’t invent videogames, but it did make them far more accessible and mainstream. Many of gaming’s most familiar and beloved characters and franchises originated here. So why, in 2020, are most of these characters and franchises that many of us grew up with absent from Sony’s latest console announcement, seemingly relegated to nostalgia properties?

The answer is a complex one and involves both technology and culture.

Looking back at the history of videogame hardware, it becomes clear that Japanese developers excelled when working with proprietary hardware and software. The Famicom, Super Famicom, Megadrive, Saturn, Playstation, Playstation 2 – these platforms were home to many, many games that would become timeless classics. To create these, developers had to overcome the technical limitations of each platform and, as technology progressed, they would usually have to create their own graphics engines, physics and lighting systems, etc. This resulted in extremely high quality games that took time and money to create. But money was something that the videogame industry had plenty of, since the majority (not all, but many) of games that were a hit in Japan were also popular overseas, generating much more revenue internationally than would have come just from the domestic Japanese market alone. From Mario to Sonic, Final Fight to Street Fighter, Metal Gear Solid to Gran Turismo, people were playing the same Japanese games on both sides of the Pacific. (Just typing those titles makes me feel so nostalgic!)

Then, that began to change. This was due to 3 consecutive industry trends.

The release of Microsoft’s Xbox 360 in 2005 and Sony’s Playstation 3 in 2006 ushered in the first major technological changes that would begin to shake the foundations of Japan’s videogame dominance – (i)high definition graphics and (ii)increasing use of third party graphic engines, libraries and middleware.

While the adoption of HD televisions was noticeably slower in Japan than in overseas markets, these new consoles required games to be made in HD. The creation of higher resolution graphics meant much higher development costs which, in turn, meant game developers had to become more risk-averse, focusing on games that were guaranteed to sell. Remember how many quirky and experimental games there were on the Playstation 1? Notice how many of

these disappeared by the time the Playstation 3 came out? Well now you know why.

Overseas developers had an advantage when it came to this challenge – the PC had been a popular gaming platform since the mid-90’s, meaning that they already had years of experience creating assets at higher resolutions and using 3rd party tools and software. This know-how meant that developing in HD for the Playstation 3 or Xbox was just the next logical step.

For many Japanese developers however, these skills and software had to be learned from scratch. The lack of Japanese developed games became noticeable as studios and engineers rushed to catch up. Final Fantasy was a good example of this. Despite becoming a popular international franchise since the release of Final Fantasy 7 on the Playstation 1 and having multiple games on the Playstation 2 as well, it took an entire three years after the Playstation 3 launched before its first major Final Fantasy title – Final Fantasy 13, hit store shelves in December 2009. Three years!

But there was another way local Japanese developers discovered to put older skills and software to use – one which would benefit them in the domestic market, but would ultimately further damage their overseas market share…

→To be continued

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